大阪地方裁判所 平成2年(ワ)678号 判決 1991年7月23日
原告
木本種春
被告
山里勝利
主文
一 反訴被告は、反訴原告に対し、金七〇八万三一四九円及びこれに対する昭和六二年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一七分し、その一を反訴被告の負担とし、その余を反訴原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 反訴被告は、反訴原告に対し、金一億一二二六万一三八〇円及びこれに対する昭和六二年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 反訴原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 反訴原告の職業
反訴原告は、丸木建設なる名称にて建売住宅の建設、販売をするとともに関西ケンネルなる名称にて日本犬の作出、販売をすることを主たる業として生計を維持していた。
2 交通事故の発生
反訴被告の前方不注意、スピード違反等の過失により、次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 発生日時 昭和六二年六月三〇日午前〇時三〇分ころ
(二) 発生場所 大阪府寝屋川市仁和寺本町五―一―三先路上(以下「本件道路」という。)
(三) 当事者
(1) 普通乗用自動車(大阪五九る六四八三号、以下「反訴被告車」という。)を運転していた反訴被告
(2) 普通乗用自動車(大阪五三も九八六九号、以下「反訴原告車」という。)を運転していた反訴原告
(四) 事故態様 停止中の反訴原告車に反訴被告車が追突し、さらに反訴原告車がその前の車に衝突した。
3 反訴原告の受傷
本件事故により、反訴原告は、一年以上の入通院加療を要する頸部捻挫等の重傷を負つた。
4 反訴原告の治療経過
反訴原告の治療経過は次のとおりで、実治療日数四八七日である。
(一) 昭和六二年六月三〇日から同年七月四日まで
星光病院通院 実通院日数五日
(二) 同月六日から同月一六日まで
摂陽病院通院 実通院日数一〇日
(三) 同月一六日から同年八月三一日まで
愛泉病院入院(四七日間)
(四) 同年九月一日から同年一〇月二九日まで
摂陽病院通院 実通院日数四七日
(五) 同年一一月六日から平成元年七月二一日まで
岡田外科通院 実通院日数三七八日
5 反訴原告の損害
本件事故により、反訴原告が被つた損害は、以下のとおりである。
(一) 休業損害 九九六一万七〇七〇円
(1) 反訴原告の事故前六か月間の平均所得は、月額四五七万五八三三円を下らない。その内訳は次のとおりである。
(2) 不動産業による収入 月額一八八万円
昭和六一年九月一〇日から昭和六二年二月三日までの間、反訴原告及びその実弟木本良種が丸木建設の名称のもと共同で、建売住宅を建築販売して得た利益は四五一五万円であり、うち反訴原告の取得分は半分の二二五八万円である。
したがつて、昭和六一年七月から昭和六二年六月までの平均所得は、月額一八八万円である。
(算式)
22,580,000÷12=1,881,666
(小数点以下切捨て、以下同じ。)
(3) ケンネルシヨツプ経営による収入 月額約二六九万五八三三円
イ 犬の売買による収入
a 番犬用、愛玩犬用の柴犬、秋田犬の素人への販売による収入は、月額九〇万五八三三円を下らない。
b 番犬用、愛玩犬用の柴犬、秋田犬の業者への卸売による収入は、月額二〇万円を下らない。
c 展覧会用の柴犬、秋田犬の売買による収入は、月額四〇万円を下らない。
ロ 犬舎の作成、売買による収入は、月額一五万円を下らない。
ハ 既成の犬舎の転売による収入は、月額一九万円を下らない。
ニ 犬の交配による収入は、月額七〇万円を下らない。
ホ 犬ホテルの料金収入は、月額一五万円を下らない。
(4) 反訴原告は、本件事故により、4記載のとおり、二年と二一日間入通院を繰り返さざるを得ず、その間、右不動産業及びケンネルシヨツプの経営ができなかつた。したがつて、その間の休業損害は次のとおり一億円を下らないが、そのうち、九九六一万七〇七〇円を本訴において休業損害として請求する。
(算式)
4,575,833×(12×2+21÷30)=113,023,075>100,000,000
(二) 治療関係費
(1) 治療費 二一万二五四〇円
そのうち、二〇万九二五〇円の内訳は次のとおりである。
イ 昭和六二年六月三〇日から同年七月四日まで星光病院で治療に要した費用 一〇〇〇円
ロ 同月六日から同月一六日まで摂陽病院で治療に要した費用 三四八〇円
ハ 同年一一月六日から平成元年七月二一日まで岡田外科で治療に要した費用 二〇万四七七〇円
(2) 入院中の雑費 五万一七〇〇円
一日につき一一〇〇円を四七日間必要とした。
(算式) 1,100×47=51,700
(3) 診断書等文書代 四一〇〇円
(4) 入院用衣服等代 五九四〇円
(5) 装着用装具代 五万六三五〇円
(三) 犬の運動用バイク代 一〇万九〇〇〇円
(四) 慰謝料 二〇〇万円
(五) 弁護士費用 一〇二〇万五五八〇円
6 よつて、反訴原告は、反訴被告に対し、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条に基づき、右損害金のうち一億一二二六万一三八〇円及びこれに対する本件事故日である昭和六二年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反訴被告の主張
1 請求原因1、2及び4は認め、その余は知らない。
2(一) 反訴原告は、昭和五九年一二月二八日、本件とは別の交通事故(以下「前回事故」という。)に遭遇し、流涙、右側頭部痛、頸部痛、項部痛、頭痛、腰痛、左足趾先の痺れ、眼精疲労、脱力感及び全身倦怠感の自覚症状を残して、昭和六〇年九月一四日、症状固定した。本件事故は、その約一年九か月後に生じたものであり、反訴原告が本件事故により生じたと主張する症状は、前回事故により生じた後遺障害と全く同一である。したがつて、反訴原告の訴える症状は、前回事故により生じたものか、または、その再発に過ぎないものである。
(二) また、反訴原告の症状は、少なくとも、昭和六三年初め頃には治癒または固定した。
3 反訴原告の主張する不動産業収入は、臨時的収入であつて、休業損害の基礎とするには不適当である。
4 さらに、反訴原告は、ケンネルシヨツプの業務が、本件事故によりほとんどできなかつたごとく主張するが、従業員及びアルバイトを使い、業務を続けていたものであるから、この主張は事実に反する。
三 反訴原告の反論
1 反訴原告は、永年、不動産を扱い、家屋の建売、不動産の売買、仲介等をなしてきたのであつて、本件事故当時やつていた茨木市下穂積の建売は、たまたまその実弟と共同していたにすぎない。
2 仮に、右建売による収入が、臨時的な収入であつても、それを基礎として、その後、反訴原告の事業が開始もしくは発展することは考えられるので、かような収入を休業損害の基礎となし得ないとの反訴被告の主張は合理的理由がない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(反訴原告の職業)、2(交通事故の発生)及び4(反訴原告の治療経過)については、当事者間に争いがない。
二 請求原因3(反訴原告の受傷)について検討する。
1 本件事故の事故態様について
成立に争いのない甲第七号証の一ないし一二を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一) 本件道路は、南北に直線状に伸びるアスフアルト舗装のなされた平坦な歩車道の区別のある道路で、車道は三車線の北行車線と南行車線に区分されていた。
本件事故地点は、仁和寺本町交差点の南詰め停止線から十数メートル南側の本件道路北行第一車線(最も歩道寄りの車線)上であつた。
本件事故当時、天候は雨で、本件事故地点付近の路面は湿潤の状態であつた。
(二) 反訴原告(昭和一三年一月一四日生、本件事故当時四九歳)は、シートベルトを着用した状態で反訴原告車(クラウン)を運転し、本件道路北行第一車線を北進していたが、仁和寺本町交差点の対面信号が赤色を表示していたため、前車(訴外岩井広明運転の普通乗用自動車、以下「岩井車」という。)に続き減速し、前車(岩井車)の約四・二メートル後方に停止した。
(三) 反訴被告は、反訴被告車(いわゆるワゴン車タイプの普通乗用自動車)を運転し、反訴原告車の約四八・五メートル後方の本件道路北行第一車線上を時速約六〇キロメートル(秒速約一六・六メートル)で北進していたが、本件事故地点の約七五・六メートル南側にさしかかつた際、反訴被告車のフロントガラスのくもりをとるのに気をとられ、反訴原告車の動静を十分に注視しないで前記速度のまま進行したため、本件事故地点の約一九・五メートル南側に至つてはじめて、反訴原告車が本件事故地点において信号待ちのために停止しているのに気づき、危険を感じて、ハンドルを左に切るとともに急ブレーキをかけたが、本件事故地点において、反訴被告車右前角部を反訴原告車左後角部に衝突させた。
(四) 反訴原告車は、その衝撃で前方に押し出され、前記のとおり約四・二メートル前方に停止していた岩井車後部に衝突し、岩井車を前方に約八メートル押し出し、反訴原告車自体は、岩井車に衝突した地点から約二メートル進んで止まつた。この事故により、反訴被告車は、前部フエンダーバンパー右前が凹損し、右前照灯が破損した。また、反訴原告車は、後部左側フエンダーバンパー、前部フエンダーが凹損し、右前照灯が破損した。さらに、岩井車は、後部バンパー右側が凹損した。なお、本件事故直後に実施された実況見分の際に、反訴被告車のスリツプ痕とみられるような路面の痕跡は発見されなかつた。
2 反訴原告の事故後の入通院治療経過について
反訴原告の事故後の入通院経過については当事者間に争いがないが、さらに、前掲甲第七号証の六、九、成立に争いのない甲第八号証ないし第一五号証、乙第一号証、第二号証の一ないし一一及び第二二号証、反訴原告本人尋問の結果により成立の認められる乙第三号証の二、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二号証の一ないし三、第三号証及び乙第三号証の一並びに反訴原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一) 反訴原告は、前記のとおりシートベルトを装着していたものの、本件事故の衝撃により、体が前後に振られ、事故後、救急車で星光病院に運び込まれた。同病院において、嘔気、右腰部痛、後頭部痛、左足のしびれ感を訴え、頸部症候群であると診断された。
反訴原告は、同年七月六日に摂陽病院に転医し、同病院において、頸部捻挫及び腰部捻挫の診断を受け、同日から同月一六日までのうち一〇日間同病院に通院した。この間、反訴原告には項部痛、嘔気、流涙、左下肢痺れ感などの症状があり、腰椎用の装具の装着が必要との診断がなされた。
(二) 反訴原告は、星光病院及び摂陽病院において治療を受けたにもかかわらず、症状が改善しなかつたことから、同年七月一六日、愛泉病院に転医、入院した。同病院における診断名は、摂陽病院と同じであり、初診時には、レントゲン写真上、頸椎及び腰椎の加齢現象以外に異常所見が認められなかつたものの、他覚所見として、頸肩部及び背腰部の圧痛、頸肩部筋緊張があり、自覚症状として、後頭部から項部に熱感をともなう疼痛、背腰部の鈍痛、左足背部の痺れ感があつた。同月三一日現在で就労は不能、四、五か月後の就労見込みと四、五か月の治療を要する旨の診断がなされている。反訴原告は、同年八月三一日に同病院を退院した。頭部痛、頸部痛、腰部痛などの症状は、入院当初から退院時まで、ほぼ継続していたが、退院時には軽快した(但し、治癒までは至つていない。)旨の診断がなされた。
(三) 反訴原告は、その後、同年九月一日から同年一〇月二九日までの間に四七日、摂陽病院に通院したが、診断名は頸部捻挫及び腰部捻挫で項部痛、背部痛、流涙、右顔面痛などの症状を訴え続け、これに対して、理学療法及び薬物療法による治療を受けた。
反訴原告は、摂陽病院が一時閉鎖されたため、高槻市にある岡田外科に転医し、同年一一月六日から通院を始めた。同病院での診断名は頸部症候群、腰椎捻挫、左下腿末梢循環不全であり、項部痛、腰痛、左下肢痺れ感などがあつたが、初診時の頸椎及び腰椎のレントゲン撮影では異常は認められなかつた。反訴原告は、ハイドロタイザー、牽引などの物理療法及び向神経ビタミン剤などの薬物療法による治療を受け、同外科に同年中四〇日通院し、翌昭和六三年は一一月一六日までの間に二一七日通院した。この間、同年三月三一日には腰部の症状が軽快し、以後、腰部の治療はなされなくなつたが、頸部に関しては、少なくとも同年一一月一六日までは、その症状に目立つた変化がなく、牽引や項部の局部注射によりしばらくの間症状が緩和するという状態が続き、右期間を通じてほぼ同一の内容の治療が継続され、さらに、その後も岡田外科において通院治療が続けられた。
なお、岡田外科における治療費は、次のとおりであつた。
昭和六三年一月から同年一〇月までの分 一二万五二二〇円
同年一一月及び一二月分 二万四五〇〇円
平成元年一月分 九六二〇円
同年二月分 一万二二五〇円
同年三月及び四月分 二万四八八〇円
同年五月分 五三〇〇円
(四) そして、反訴原告は、平成元年七月二一日までの通院の過程で、症状固定の診断を受けたことはなかつた。
3 反訴原告の既往症及び以前の事故による後遺障害について
前掲甲第二号証の三、第三号証及び第八号証、成立に争いのない甲第四号証及び第五号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第六号証並びに反訴原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
(一) 反訴原告には、本件事故の二〇年ないし三〇年前ころに、頸椎の椎間板ヘルニアの手術をした既往症があり、愛泉病院の医師は、右ヘルニアは反訴原告の症状に関連する既往症であると診断した。
(二) さらに、反訴原告は、昭和五九年一二月二八日、道路左端に自動車を停め、降車しようとしてドアを開けたところを、後方から進行してきた普通乗用車が衝突するという事故(以下「前回事故」という。)に遭い、右側頭部打撲、外傷性頸部症候群及び外傷性腰部症(腰椎椎間板症を伴う。)の傷害を受け、頸部の筋肉の緊張及び圧痛、左後頭神経部の圧痛並びに流涙等の後遺障害を残し、昭和六〇年九月一四日に症状が固定したが、担当医師は、右症状固定時に、反訴原告の症状は今後改善の見込みがない旨診断していた。そして、右後遺障害は、自賠責保険の関係で自賠法別表第一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当する旨の後遺障害認定を受けた。
なお、反訴原告は、本件事故当時、前回事故による症状に関して、もはや通院治療は受けていない状態であつた。
4 以上の事実に基づいて、反訴原告の受傷の有無、程度について検討する。
(一) 右事実によれば、本件事故後の反訴原告の主たる症状は、頭頸部痛、腰部痛、左下肢のしびれ感などであつたが、右のうち、頭頸部痛については、他覚的所見、自覚症状とも前回事故による後遺障害の内容とほぼ同一であると認められ、このことに、前回事故による症状は、その固定時に、医師により、今後改善の見込みがない旨診断されており、自賠責保険の関係でも自賠法別表一四級一〇号に該当する旨の認定を受けていたことや、本件事故が、前回事故より約二年半、前回事故による症状の固定日からはわずか一年九か月後に発生したものであることなどからすると、本件事故当時にも、前回事故による後遺障害の頭頸部症状は残存していたと認めるべきである(この認定に反する原告本人尋問の結果は採用しない。)。
そして、このことだけからすると、反訴被告が主張するように、反訴原告の訴える症状(頭頸部症状)は、前回事故により生じたものか、またはその再発に過ぎないものであるとみる余地も存する。
(二) しかしながら、本件事故は、時速約六〇キロメートル(秒速約一六・六メートル)で反訴被告車を走行させていた反訴被告が、前方に反訴原告車が停止しているのを、約一九・五メートルにまで接近してはじめて発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、反訴被告車を反訴原告車に追突させたというものであるところ、一般に、車両運転者が危険を感じて、制動操作を行い、制動効果が現れるまでの時間(反応時間及び空走時間)は、約〇・八ないし一秒程度と考えられ、これらのことからすると、反訴被告車に制動効果が現れたのは、反訴原告車との距離が数メートルにまで接近した地点であつたと考えられ、このことに本件事故当時の天候が雨で、路面が湿潤の状態であり、乾燥した路面に比して制動効果の現れ方が劣る道路の状況であつたことや、本件事故後、反訴被告車のものとみられるスリツプ痕が発見されなかつたことなどを併せ考えると、本件事故は、時速約六〇キロメートルで走行していた反訴被告車が十分な制動効果の現れない状態で反訴原告車に追突したものと認めるのが相当であり、また、このことに、右追突の結果、反訴原告車は前方に押し出され、その約四・二メートル前方に停止していた岩井車に玉突き追突し、岩井車を約八メートル前方に押し出したことや反訴被告車、反訴原告車及び岩井車の各損傷状況をも総合すれば、本件事故によつて反訴原告が受けた衝撃は、反訴原告が当時シートベルトを着用していたことを考慮しても、相当強度のものであつたと認めるべきである。
そして、このことに加え、反訴原告は、本件事故当時、前回事故による症状に関して、もはや通院治療を受けていない状態であつたことや、前記認定の本件事故後の反訴原告の症状及びこれに対する治療の経過をも併せて考えると、反訴原告は、本件事故により、さらに頸部及び腰部に受傷したものと推認される。
(三) そして、反訴原告の症状は、愛泉病院退院時に一旦軽快したものの継続し、その後、通院した摂陽病院及び岡田外科においては、共に物理療法及び薬物療法が行われ、これらにより、一時的な症状の改善という程度にとどまるものの、一応治療効果があがつていたと認められること、岡田外科において昭和六三年一一月一六日までは、三日に二日程度の頻度で変わることなく通院加療を受けていたものと認められるところ、同年一〇月までの月額治療費と同年一一月から平成元年四月までの月額治療費は一万二〇〇〇円程度で変わらなかつたことからすると、昭和六三年一一月以降平成元年四月までは、昭和六三年一〇月までと同様の頻度で通院加療がなされていたものと推認される。以上に加え、特に通院加療期間を反訴原告が故意に引き延ばしたという事情も認められないことからすれば、反訴原告の既往症及び前回事故による後遺障害の影響の存在を考慮しても、本件事故当日から平成元年四月末頃までの入通院加療は本件事故と相当因果関係あるものと認めるのが相当である。
三 請求原因5(一)のうち休業損害の算出の基礎について
1 右二で説示したところよりすれば、反訴原告には、入通院加療に伴う休業損害が生じたものと考えられるのでまず、休業損害算出の基礎となるべき反訴原告の収入金額について、検討する。
2 不動産業による収入について
反訴原告は、昭和六一年九月から昭和六二年二月までの間に反訴原告の実弟と茨木市下穂積で建売住宅の建設販売をし、反訴原告がその利益のうち二二五八万円を取得したから、反訴原告の本件事故の前一年間の平均月収は一八八万円を下らず、これが休業損害の算定の基礎となる旨の主張をし、これに副つた内容の供述をするのであるが、他方、反訴原告自身、この主張の茨木市下穂積の建売住宅建設販売は、実弟と臨時に行つたもので、本件事故前の昭和六二年五月で一応全てが終わつている旨供述し、その他に本件事故前後を通じて、反訴原告の主張する建売住宅建設販売を継続的に行つていたことを認めるに足りる証拠はない。
したがつて、反訴原告が、本件事故後も、継続的に不動産業を行い、右主張にかかるような月一八八万円もの収入をあげていたであろう蓋然性は認められないから、仮に反訴原告が本件事故発生以前の一時期に、臨時に右のごとき収入を得ていたとしても、これによつて休業損害を算出することはできない(反訴原告は、臨時的な収入であつても、それを基礎に事業が発展することが考えられるから、算定の基礎となり得る旨主張するが、独自の見解というべきである。)。そして、他に反訴原告が本件事故に遭わなければ、不動産業に従事して得ることができたと推認できる具体的な収入額を認めるべき証拠はない(反訴原告は、乙第二三号証をもつて、その実弟との共同事業の一つの証明である旨主張するが、同号証は何のために作られたのかその成立過程が必ずしも明らかではない上に、その記載内容は大阪府の道路改良事業に際して補償があつた旨の証明書であつて、反訴原告がその実弟と共同して不動産業を行つた結果のものであることは書面上明らかではなく、仮に反訴原告の不動産業の結果であるとしても、その経費等が明らかではない上に、そのような事業が継続的になされていたことはやはり明らかとはならないので、休業損害を具体的に算定する基礎とはなし得ない。)。
3 ケンネルシヨツプの経営による収入について
(一) 弁論の全趣旨によつて原本の存在及び成立の認められる甲第一七号証、反訴原告本人尋問の結果により成立の認められる乙第九号証ないし第一三号証、反訴原告の経営する店舗の内外を撮影した写真であることに争いがない検乙第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし三、第七及び第八号証、反訴原告の経営する犬の繁殖所等を撮影した写真であることに争いがない検乙第九ないし一三号証、第一四号証の一、二並びに反訴原告本人尋問の結果(後述の信用しない部分は除く。)によれば、以下の事実が認められる。
(二) 反訴原告は、本件事故当時、高槻市大塚町に関西ケンネルの名称で秋田犬と柴犬を専門とする犬及び犬用品販売並びに犬のホテル(ケンネル)の営業をする店舗を持ち、同店舗から四キロメートルほど離れた枚方市山之上一丁目の自宅及び右店舗の隣接地に犬の繁殖場を持つていた。
本件事故以前から、関西ケンネルには店長の柏木末子(同人は一四年程の経歴がある。)の他、パートの従業員がおり、事故当時、犬が五〇匹から七〇匹いた。本件事故以前の昭和六二年一月から同年六月までに、柴犬の交配で四三二万円、犬舎の販売で一四八万二〇〇〇円、ケンネルの営業で一一八万二〇〇〇円、展覧会用秋田犬の販売で二四一万円、その他犬の販売で八八九万円の売上げがあつた。
(三) 以上の事実からすると、ケンネルシヨツプの経営により、反訴原告が相当程度の収入をあげていたものと推認されるが、同ケンネルシヨツプの経営のための必要経費に関して、反訴原告本人の供述は客観的な裏付けがなく直ちに採用することができないところ、そのほかにこれを認めるに足る証拠はない(反訴原告は、甲第一七号証に記載された金額が同ケンネルシヨツプの必要最小限の経費である旨を主張するが、これを裏付ける証拠はなく、同号証の内容からしても、犬の購入費、飼育費など当然に必要と考えられる費目については記載されていないのであるから、反訴原告の右主張は採用することができない。)から、右売上げ金額だけから反訴原告の収入を算出することはできない。
(四) また、反訴原告は、右ケンネルシヨツプの営業主であつて、必ずしもその営業から反訴原告が得る収入のうちの全てが反訴原告の労働の対価となるものではないと考えられるところ、反訴原告の労働の対価がどの程度のものであるかも明らかではないから、なおさら右認定の事実から反訴原告の休業損害を算出することはできないというべきである。
4 その他の反訴原告の収入を認めるべき事情について
反訴原告は、確定申告を毎年行つており、昭和六〇年ころには、八〇万円くらいの税金を支払つた旨供述するが、それらの点について直接証明すべき客観的な証拠は提出せず、ただ、市民税及び府民税の課税額が昭和六一年及び昭和六二年においてなかつたことを証する乙第一八号証の一、二を提出するのみである。そして、右のとおり課税がなかつたのは、昭和六〇年に詐欺による被害にあつたためである旨を供述し、詐欺被害の告訴状を乙第一六号証として提出するが、同号証によつても、必ずしも反訴原告の右供述の真偽は明らかではなく、また、昭和六〇年当時の納税額について裏付けられるものともいえない。そして、他に反訴原告の収入を全体として客観的に認めるべき証拠はない。
5 以上に説示したとおり、反訴原告の休業損害を算出する基礎となるべき具体的な収入額は明らかではないが、右認定の諸事情からすれば、反訴原告は、本件事故当時その労働により、少なくとも同年齢の男性の平均収入程度の収入を得ていたものと推認されるところ、反訴原告は本件事故当時四九歳であつたから、本件事故後も、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計四五ないし四九歳の男子労働者平均賃金の年間給与額五六六万八七〇〇円に匹敵する年間収入(これを月額に換算すると一か月当たり四七万二三九一円)があつたものと推認するのが相当である。
四 休業損害額について
1 次に、入通院期間における本件事故と相当因果関係のある休業損害額について、前記認定事実に基づいて検討する。
(一) 前示のとおり、本件事故と相当因果関係のある治療期間は、本件事故日から平成元年四月末日までの約二二か月間というべきであるが、本件事故による反訴原告の当初の主たる症状は、頭頸部痛、腰痛、左下肢のしびれ感などであり、このうち腰部の症状に関しては昭和六三年三月三一日に軽快し、それ以後は治療もなされなくなつたが、頭頸部の症状はその後も顕著な変化のないまま一三か月間続いたものである。
ところで、この頭頸部の症状は、前回事故による症状固定時に残存していた症状とほぼ同一であり、本件事故当時にも残存していたと認められる。
そして、前記のとおり、本件事故の衝撃は相当強度であり、その衝撃自体から考えると相当期間症状が続いても不思議ではないが、本件の反訴原告の場合には、医師により、昭和六二年七月三一日の時点て、今後治療を要する期間は四、五か月と診断されており、頸部レントゲン撮影によつても加齢現象以外の異常所見は認められず、他覚的所見としては頸肩部の圧痛や頸肩部の筋緊張しか認められていなかつたことなどからすると、反訴原告の頭頸部症状は遷延化したというべきであり、このことには、本件事故当時にも残存していた前回事故による後遺障害が相当大きな影響を与えているものと推認するのが相当であり、また、これとともに、愛泉病院の医師により、反訴原告の症状に関連すると診断された頸椎の椎間板ヘルニアも、右遷延化に影響を及ぼしたものと推認するのが相当である。
(二) また、反訴原告の症状の推移についてみるに、反訴原告が入院治療を受けていた愛泉病院の担当医師は、昭和六二年七月三一日の時点において、今後治療を要すると見込まれる期間及び就労可能見込み期間とも、向後四、五か月間と診断し、反訴原告は、同年八月三一日には同病院を軽快退院したが、その後も反訴原告の頭頸部痛、腰痛、左下肢のしびれ感などの症状は継続し、腰部の症状が軽快した昭和六三年三月三一日以後は、頭頸部症状のみが目立つた変化もなく、一進一退を繰り返しながら継続したものである。
これらのことからすると、反訴原告の症状は、担当医師により症状固定の診断こそなされなかつたものの、昭和六三年三月三一日ころには、症状固定に近い状態にまで至つていたものと認めるのが相当である。
(三) さらに、反訴原告本人尋問の結果によれば、反訴原告は、本件事故後昭和六三年二月頃までにベンツを購入し、反訴原告の従業員あるいは息子にこれを運転させて仕事に出ていること、反訴原告が不動産業において具体的に行う仕事の内容は、交渉や職人の監督であること、ケンネルシヨツプ関係の仕事は、犬の運動の他には体を動かす仕事として犬の交配があるが、その他の仕事は宣伝や獣医との対応、犬の選択選別などであること(反訴原告は、さらに溶接犬舎の製作を行つている旨の供述をするが、関西ケンネルの従業員として溶接工の上原直也が本件事故以前からいたことも述べており、反訴原告が溶接犬舎を作つていたと認めることはできない。)が認められ、これらのことに、前示の愛泉病院の担当医師の反訴原告の就労可能時期に関する診断をも併せて考慮すると、反訴原告は、昭和六三年一月以後は、一部就労が可能な状態になつていたと認めるのが相当である。
2 以上検討してきたことに加え、前示認定のその他の諸事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある反訴原告の就労制限の割合は、本件事故後昭和六二年一二月末までの当初六か月間は一〇〇パーセント、その後の昭和六三年三月末までの三か月間は平均して五〇パーセント、さらにその後の平成元年四月末までの一三か月間は平均して二〇パーセントとそれぞれ認めるのが相当である。
3 したがつて、本件事故と相当因果関係に立つ休業損害は、次の算式のとおり、四七七万一一四九円となる。
(算式) 472,391×6+472,391×0.5×3+472,391×0.2×13=4,771,149
六 請求原因5(二)(治療関係費)について
1 治療費について
前示のとおり、反訴原告の平成元年四月末頃までの入通院を本件事故と相当因果関係に立つものと認めるべきところ、前掲の乙第二号証の一ないし七並びに成立に争いのない乙第二号証の九及び一一によれば、反訴原告は昭和六二年七月一日、星光病院で一〇〇〇円を支払い、同月一三日に摂陽病院で三四八〇円を支払い、さらに、昭和六三年一〇月三一日に岡田外科で三〇〇〇円を支払い、同年一一月一八日から平成元年五月八日にかけて、昭和六三年一月から平成元年四月分として、合計一九万六四七〇円の治療費を支払つたことがそれぞれ認められ、以上は本件事故による受傷の治療費として支払われたものと推認されるから、以上合計二〇万三九五〇円を治療費として本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
なお、反訴原告本人尋問の結果により成立が認められる乙第二号証の一三によれば、反訴原告が昭和六二年七月一六日に三二九〇円を愛泉病院共済会に支払つたことが認められるが、何の支払か明らかではないところ、前掲の甲第一七号証によれば、入院するための用具として同額の金額があげられており、入院用品の購入などに使われたものと疑われ、他にこの支払の趣旨を明らかにする証拠もないから、同額の治療費の支払があつたものとは認められない。
2 入院中の雑費について
前示のとおり、反訴原告は、昭和六二年七月一六日から同年八月三一日までの四七日間、愛泉病院に入院したことについて当事者間に争いはなく、右入院は本件事故によるものと認められるところ、同入院期間に一日当たり一一〇〇円の入院雑費が必要とされたと推認することができる。したがつて、入院雑費としての損害は、次のとおり五万一七〇〇円となる。
(算式) 1,100×47=51,700
3 診断書等文書代について
前示のとおり、乙第二号証の一三により認められる支出は何のためのものか明らかでなく、他に反訴原告の主張する四一〇〇円の文書費の支出があつたことを認めるに足りる証拠はない。
4 入院用衣服等代について
成立に争いのない甲第一二号証によれば、反訴原告は、昭和六二年七月一六日にタオル、パジヤマ等を購入し、五〇四〇円の支出をしたことが認められ、反訴原告の入院用衣服等代の主張は、これらのタオル、パジヤマ等の購入のための費用を求めているものであると考えられるが、先に述べたとおり、別に入院中の雑費が損害として認められ、その内容として、タオル、パジヤマ等の購入費用も含まれているのであるから、さらに右のような入院用衣服等代を損害として計上することは損害を二重に評価することになり、認められない。
5 装着用装具代について
前掲乙第三号証の一及び二によれば、反訴原告は、腰部打撲の治療のため、装具の装着が必要になり、昭和六二年七月二三日に装着したが、そのための費用として五万六三五〇円を支出したことが認められ、これに先に認定した治療経過などの事実を考え併せれば、本件事故によつて右支出を余儀なくされたものと認めるのが相当である。
七 請求原因5(三)(犬の運動用バイク代)について
前掲甲第一七号証、反訴原告本人尋問の結果により成立の認められる乙第二号証の一四及び一五並びに反訴原告本人尋問の結果(後述の採用しない部分は除く。)によれば、反訴原告は、昭和六二年八月三一日ころ、五〇ccの原動機付自転車「ミント」(以下「ミント」という。)を一台購入したことが認められる。そして、原告本人は、ミントについて、反訴原告が本件事故に遭い展覧会用の犬の運動をすることができなくなつたため、従業員に代わりに引かせるために購入したものと供述している。
そうすると、これは、反訴原告の労働を代わりに従業員が行うために必要とされたものであつて、反訴原告の休業の穴埋めとして使われたものであるから、既に反訴原告の休業損害の内容として評価されており、これをさらに別な損害として認めることはできない。
八 請求原因5(四)(慰謝料)について
以上に認定した諸般の事情を考慮すると、反訴原告が本件事故によつて受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料としては、一四〇万円が相当である。
九 請求原因5(五)(弁護士費用)について
反訴原告が、本件訴訟の提起追行を反訴原告代理人に委任し、相当額の報酬の支払を約していることは弁論の全趣旨から認められるところ、以上に認定した諸般の事実を考慮すると、本件事故と相当因果関係の認められる弁護士費用は、六〇万円と考えられる。
一〇 以上によれば、反訴原告の本訴請求は、右認定の損害額合計金七〇八万三一四九円及びこれに対する本件事故日である昭和六二年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 林泰民 本多俊雄 小海隆則)